ふたりの青春スター

ときどきふわっと昔の映画のことなど思い出すのです。

『ワン・オン・ワン』・・・田舎で花形バスケット選手だった少年が、特待生?としてある大学へ。日本はどうなのか知らないけれど、落第しないように家庭教師までつけてもらえるという好待遇に恵まれます。バスケットボールは上手いけれど(身長はやや足りない)、学業の方はさっぱり。家庭教師の女性から、ジョックなんて呼ばれてしまう主人公をロビー・ベンソンが演じています。

『リトル・モー』・・・リトル・モーの愛称で親しまれた、実在の女子テニスプレーヤーの短い生涯を描いた作品。主演はグリニス・オコナー、アメリカ女優としては小柄で、役柄にぴったりでした。

ロビー・ベンソンとグリニス・オコナー。ある時期、恋人同士だったそうですが、このふたりが共演しているのが、『ジェレミー』です。

映画館でなく、TVで観た記憶あり。当時のアイドル歌手(桜田淳子だったかな?)がインタビューで、「今観たい映画は『ジェレミー』」と答えていたのが印象に残っています。

ロビー・ベンソンは『スター・ウォーズ』のルーク役候補だったらしいです。結局、マーク・ハミルがルーク役に選ばれました。その後のベンソンは監督そして声優の道を選び、かなりの成功を収めているといいます。青春スターとして華々しく活躍したけれど、その後がパッとせず・・・よくある話ですが、ベンソンの場合は違ったみたいですね。

ロビー・ベンソンのサイトです。
http://www.robbybensonofficial.com/

グリニス・オコナーは青春スターの時期が過ぎると、あっさり消えてしまいました。とれたての果実のような瑞々しさ、あの笑顔は忘れがたいですね。

Going Solo

ロアルド・ダールの『単独飛行』(Going Solo)の検索をしようとして、なんとなくカタカナで「ゴーイング・ソロ」と入力したところ、こんな記事が出てきた。

アメリカのおひとりさま

記事は2012年とちょっと前だが、邦訳は出ているのかなと調べてみた。

こちらが原書。

邦訳はどうもコレらしい。

「おひとりさま」モノはいくつか出ているので、「アメリカ版おひとりさま」は邦訳が出てもあまり目立たないのだろうか。

わたしのいとこ世代で、おひとりさま(あるいはソロ)予備軍はわりといる。では親世代ではどうか。母のすぐ下の妹、つまり叔母には子どもがいない。そろそろ80才である。

子どものいないひとの老後はどうなるのだろう。そんな不安を持つひとは多い。そもそも老後というのはいつから始まるのか。ひとによって違うだろう。

叔母はというと、そうしたことをあまり口にしない。「老後」と感じるようになったのはいつからか。もっと遡って、夫婦ふたりでいこうと思ったのはいつからか。子どものいないことについて、ひとからいろいろ言われたことがあるかどうか。まったく聞いたことがない。

一番身近にいて、共通点があるひとなのに、「子どものいないこと」で深い話をしたことがなぜかない。でもそれはそれでよかったのかなぁとも思う。触れられたくない部分はだれにでもあるのだから。

「子どもがいなくて寂しい思いをしたから、ひとりでもいたほうがいいわよ」

そんなセリフも発せられることがない関係である。

叔母は親戚づきあいというものを非常にドライに考えており、きょうだいたちからは「ちょっとどころか、相当変わったにんげん」と思われている。はっきり言って親戚受けはあまり良いほうではない。

どちらかがおひとりさまになったとき、あるいはお葬式のときなどのことを考えて、少しでも周りとの関係を良くしておこう・・・なんて考えは持っていないらしい。

あそこまでドライになれるひとたちが、人生の終盤をどのように迎えるか。ちょっとだけ興味関心があるわたしである。

切り返す

わたしはこんな失礼なコトを言われた経験はありませんが。

http://sk2ch.net/archives/2388

なんてまぁ・・・本気ですかね? こういう言いかたが通ると思ってる? しかし切り返しが強烈ですねぇ。なかなかこうはいきません。

「つくりかた、教えてやろうか?」
「○○○○に教わりますから結構です」

○○○○の部分に好きな俳優さんやタレントさんの名前を入れると効果的!というお話を昨日教わりました。
使わないで済むのが理想ですが、親戚縁者が集まる場所や、飲み会などで使えるワザだと思いました。

雨の新宿

いっぺんに降らないで、もっと小出しにしてくれたら・・・と思ってしまうお天気でした。
夏の格好だとかなり涼しいので、コットンのマフラーを巻いて出かけた雨の新宿。

交差点をひとつ通り越し、ひとつ目の角を曲がり目的地へ向かいます。

4月末の会からふた月。今回は8人の参加となりました。共通点はひとつです。自己紹介でいちいち言わなくてもよいのがとてもラクですね。初参加者と数回目の参加者の割合は半々。年齢もバラバラです。たぶんわたしが最年長でしょう。

前回参加の感想など、ちょっと話していた友人も参加してくれました。10数年のおつきあいだというと、「へえ~すごい~」という声が。SNSもtwitterもFacebookもスマホもない頃からですから、驚かれるのも当然?

時間が限られているので、全員のかたとじっくり会話はできませんでしたが、近くの席のかたたちと楽しく会話できました。お仕事されているかた、介護経験のあるかた、転勤族のかた・・・それぞれの経験エピソードを聞くことができ、また少し世界が広がった感じです。

会を開いてくださるSさんに感謝感謝。そしてご一緒してくださったみなさんにも感謝感謝です。

命日じゃないけれど

帰省中に親の命日は来ないんだけれど。
盂蘭盆にもお盆にも帰省しないから、花とお線香を持って墓参りに行こう。

父の墓は実家から見える。急な坂を登らないと墓参りができない。昔はひょいひょい登れたが、今はかなりキツイ。若返ることはないのだから、筋トレでも・・・イヤだイヤだ。筋トレなんぞ無理にやったら、からだに悪そうだ。やめとこう。山寺に登るほどじゃないんだしね。電車バスでなるべく座らない程度でよかろう。

あの辺のひとたちはお墓難民にならないだろうが、超高齢化社会ではお墓問題は深刻化している。

http://media.housecom.jp/macro_017/

忘れ物で多いのは傘だと思い込んでいたが、骨壷とはねぇ。お墓があるのはありがたいことである。

双方の実家はお墓が近いところにある。現在わたしが住んでいるマンション近くにも大きな霊園がある。
今日は曇り空だが、美しい朝日が霊園の方角から昇るのをながめるのが好きだ。

来週の水曜日、雨が降っていなければお墓参りをしたい。実家の仏間にある仏壇には毎日手を合わせるが、墓参りの時には般若心経をざ~っと唱える。風通しが抜群に良い場所なので、お線香をつけるのに手間取ることがある。墓に向かって話すのは・・・ひとり暮らしの母を守ってね、くらいかな。

急な坂登りが堪える母なので、ここ数年はひとりで墓参りである。

ファンデとリップ

バッチリお化粧してるのに、「ノーメークなの?」と親に言われる。

そりゃ、ナチュラルメークが上手なんですよって、優しい言葉をかけてくれるひともいるけれど。

ファンデにリップ、アイシャドーに頬紅。今年、久しぶりに買いに行った。あ、パウダーもかな。

ファンデは顔全体でなく、部分的に塗るので。完全消費するまで時間かかりそう。

ファンデとリップを買いに行ったら、何やら見たこともないマシーンを肌に当てられた。肌の状態をすばやく数値で判断できるらしいよ。初めて見た~

「子ども」という共通点がないので

「子ども」のいるひとと違う道を行くこともあるが

「子ども」という共通点がなくても

いくつかの共通点があって

「子ども」のいるひとと同じ道を行くこともある

 

「子どもがいない」という共通点があって

「子どもがいない」ひとと同じ道を行くこともあるが

「子どもがいない」という共通点があっても

それ以外の共通点がないせいで

違う道を行くこともある

 

なにもかも同じじゃなければとか

ここが違っているからとか

あまり拘りたくないが

こっちが拘らなくても

相手が拘ることもあるし

ひととのつきあいというのは

ムズカシイ面もあるけれど

 

一旦 違う道に行ってしまった者同士が

またどこかでいつか交わることも

長い人生だし あるものだよなぁと

希望を持ちつつ

また出会える日までと♪

楽しく逞しく?

道を歩いていこうと思っている

60年代の団地アパート

こうしたマンションがつい最近まで存在していたとは・・・

http://newswitch.jp/p/3648

ここまで立派なつくりではなかったが、9つの年まで住んでいた団地アパートは当時としては、なかなかのものだったと思う。

4階建てでエレベーターはなし。ベランダはなく、屋上に洗濯物を干していた。家風呂つき、水洗トイレつき。台所と六畳二間、押入れに小さな納戸もあった。

当時の大卒サラリーマン級のお給料を貰っていないと入居できなかったらしい。(たぶんウチは額を誤魔化していただろう) 大家さんはイベントが大好きだったので、団地の運動会とかクリスマス会とか年中行事がわりとあり、記念写真もたくさん残っている。

クリスマス会の写真を見ると、よそ行きの服を皆着込んで映っている。Tシャツなんてカジュアルなものはなかったのである。

引っ越してから数回、アパートを訪ねたことがあった。築何十年まで存在していたのだろう。グーグルで探してみたところ、現在は立派なマンションが建っているとわかった。

夏になると蒸し暑くてなかなか眠れなかったものだ。夜中の12時の鐘が聞こえる頃まで目が冴えていたのを思い出す。「早くココを出て一軒家のオウチに住みたいなぁ」が夢だった。

思い出のモノクロ写真をたまにながめながら、60年代にタイムスリップするのも悪くないものだ・・・

桜桃忌

太宰治の誕生日であり、遺体が発見された日でもある6月19日。今日は桜桃忌です。

太宰作品を一番よく読んでいたのは、女学生だった頃。

何度も読み返した本です。今はこんな装丁なんですね。

年を経て読まなくなり、いつの間にか手放してしまった本たち。彼の作品を読もうと思うと、図書館で借りるのが一番手っ取り早いだろうけど。

あの頃はさほど怖いと思わなかったのです。でもコレを読んで背筋が凍るほどの恐怖を覚えましたよ。どこか遠くの場所で起こった出来事のように捉えていたわたし。お子ちゃまだったのね。

たまに玉川上水近くを車で通ることがありますが。彼が飛び込んだ場所だなぁとつぶやいてみたりして。

誕生日と同じ日に発見されるって、サービス精神旺盛すぎますな。

物忘れ

家人は朝5時半頃出勤する。

携帯とか時計とか、たまに書類とか忘れて出かけることがあるが、たいてい階下のエントランスを出てからとか、駅に向かう途中とかに気づくので、「どうしよう」なんていう事態になったことはほとんどなし。

昨日はバッグに入っているはずの小銭入れを落としたらしいと言うので、かなり慌てる。

紳士服売り場のフィッティングルームを探すが、見つからず。

帰宅するとテーブルの上にちょこんと載っている、茶色の小銭入れ発見。一件落着だ。

今朝も5時半に出勤した。机の上に携帯や時計など置いたままにしていないか、さり気なくチェックする。

https://www.ishamachi.com/?p=8049

ちょっとだけ気になるので、こんな記事を読んでみた。忘れ物はあまりしないわたしだけれど、カード類をたまに家捜しすることもある。どうしても見つからず、再発行してもらってしばらくすると、「なんだこんなところにあったのか!」

そうそう、人の名前が出てこなくなったけど。「あいうえお順」式で思い出せることもあるし、電車に揺られていたらスッと浮かんできたなんてことも。

ボケ防止にやっている語学学習の効果も・・・あるんだかないんだか。